認知症
 A 変性疾患
    1:. 認知症を主症状とするもの
         Alzheimer型老年認知症
         Pick病など
    2:系統変性疾患に伴う認知症
         Perkinson病 
         中毒(特に薬物中毒)
         Huntington舞踏病
        進行性核上麻痺
               など
    
 B 続発性の認知症
    1:脳血管障害による認知症
    2:感染症(髄膜炎,脳炎)による認知症
    3:血液の異常
    4:内分泌,代謝性疾患
    5:低酸素症
    6:腫瘍,外傷,正常圧水頭症など
    
A-1:アルツハイマー型認知症   (Senile Dementia of Alzheimer Type)

概念
50歳前後の初老期に発症し,病理学的に大脳皮質の神経細胞脱落,老人斑,Alzheimer原線維変化を呈する.
記憶障害,見当識障害で発症する.
失語,失認,失行などの巣症状を呈することが少なくない.
Alzheimer病は本来,初老期の認知症であるが,その後65歳以上の老年者にみられる老年認知症(senile dementia)も病理学的にAlzheimer病とほとんど同じであると考えられるようになり,これらを一括してAlzheimer型老年認知症(Senile Dementia of Alzheimer Type)とよばれるようになった.
しかし初老期のAlzheimer病と老年期にみられるAlzheimer型老年期認知症は同一の疾患であるか否かは,今後の検討を要する.
老年期認知症に占める割合は,欧米では過半数,わが国では約30%である.

病理・病態生理
病理学的には大脳皮質の神経細胞の脱落とともに顆粒空砲変性,神経原線維変化,老人斑などが広汎に認められる.
大脳半球の障害はびまん性ではなく,変化の強いところと弱いところがある.
側頭葉,帯状回後部,特に側頭・頭頂・後頭部の接合部において最も病変が著明である.
辺縁皮膚では,海馬,中脳,扁桃体の障害が強くみられる.
同様の所見はマイネルトMynertの基底核nucleus basalisにも認められる.
基底核はコリン作動性の投射系を広汎に大脳皮質に送っており,基底核が障害されると大脳皮質の全般的な機能障害が起こることが想定される.
実際,大脳皮質のアセチルコリンが著しく低下する.
その他,GABA,somatostatin,substance-Pなどの神経伝達物質も減少する.

原因
原因は不明であるが,老人斑に沈着している物質が,アミロイド前駆体蛋白(amyloidprecursor protein;APP)の一部分であるβ蛋白であることがわかった.
また,神経原線維変化の主体をなすpaired helical filamet(PHF)はニューロフィラメント蛋白,微小管付随MAP2蛋白,タウ蛋白,ユビキチンなどによって構成されていることが明らかにされた.

臨床所見
臨床症状は徐々に出現する健忘で始まる.
失行も出現し,計算も障害される.
無頓着,無感動となり,また同時に落ち着きがなくなる.
判断力も低下し,また空間的,時間的な失見当識も著しくなる.
さらに,水道からバケツに水を入れていつまでも水を庭にまくといった反復行動も出現する.
性格変化が現われ,多動でまとまりのない行動異常が認められる.
不用な空箱や紙くずをため込むような異常な収集癖を示す例も多い.

検査所見
CTスキャン,MRIで脳の萎縮が認められる.
脳波はびまん性の徐波化を示す、PETでは頭頂葉の血流・代謝異常が特徴である.
しかし,いずれも確定診断の補助になるほどの特異的変化ではない.

診断
DSN-V-RによるAlzheimer型老年痴呆の診断基準、および厚生労働省によるAlzheimer病の診断基準を以下に示す.
認知症であることを確認し,他の疾患を除外する必要がある.
特に老年期では脳血管性認知症との鑑別が重要である.
@DSN-V-Rによる多発脳梗塞認知症の診断基準
  A:認知症
  B:

A脳血管性認知症の診断基準(文部省研究班,1986)

  血管性認知症(国際的には多発性梗塞認知症が用いられている)
 T:下記の診断基準でまず認知症であることを診断し,血管性認知症の診断決定後,老年認知症などと鑑別する
     (Hachinskiのischemic scoreなども参照する).
   1) 社会生活や職業生活に障害をきたすほどの知的能力の喪失.
   2) 記憶障害,見当識障害.
   3) 以下のうち,少なくとも1つがみられること.
    1.抽象的思考の障害
        ことわざを具体的に理解できない
        関連した言葉の類似と相異を見出すことができない
        言葉の概念を定義できない,など
    2.判断力障害.
    3.失語,失行,失認,構成行為困難といった高次大脳皮質機能の障害.
    4.人格変化.
    4) 意識の混濁はない.
    5) 次のうち,いずれか1つ.
       1.病歴,身体的診断,検査所見から
          症状と関連していると考えられる器質性因子は存在していることがはっきりしていること.
       2.そのような因子がなくとも,症状の進展にとって器質性因子が必要であると考えられること.
    6) 上記の症候が数週続くこと(confusionとの差).    
          診断:1)、2)、4)、6)および3)、5)のなかのどれか1つを満たすとき.

 U:前項で認知症の診断確定後,老年認知症などと鑑別する.
    1)認知症.
    2)段階的悪化(進行は一様ではない).初期にはある機能はおかされるが,他の機能は保たれる.
    3)局所神経症候(たとえば,深部反射亢進,Babinski反射陽性,偽性球麻痺,歩行障害,四肢の筋力低下など).
    4)既往歴,理学的所見,検査所見から,脳血管障害があり,原因的に上記の障害に関連していると判定されること. 
         診断:1)、2)、3、4)を満たすとき.
 
B脳虚血評価点数表(Hachinski)
          特徴         点数     
        急速に起こる       2
        段階的悪化        1
        動揺性の経過       1
        夜間せん妄        1
        人格保持          1
        抑鬱             1
        身体的訴え        1

経過と予後
多くの場合,感染症,下痢などの全身疾患を契機に歩行不能,寝たきりとなる。
さらに進行すると四肢の固縮,屈曲姿勢を示し,尿,便失禁となる.
発症後約10年で死亡する.

治療
上述のアセチルコリン系の低下を補う目的でコリン,レシチン,デアノールなどの経口投与したり,アセチルコリンの分解を抑制する目的でコリン分解酵素阻害薬の投与などが試みられている.
これらの試みは有効であるという報告があるが,まだ臨床的に実用的な段階には至っていない. 




A-2:進行性核上麻痺   (Progressive Supranuclear Palsy=PSP)

概念
核上性眼球運動麻痺,頸部ジストニア,仮性球麻痺(構音障害,嚥下障害),腱反射亢進,認知症を主症状とする変性疾患である.
主病変は,中脳,基底核にある.
初期には,垂直性眼球運動障害が出現し,特に下方視が障害される.
しかも頸部が後屈するため歩行の際,足もとを見たり,テーブルの上の食物を見ることが困難となる.
末期には水平性眼球運動麻痺も加わる.頸部を後屈させるジストニアが特徴的である.
記憶障害,無関心,抑うつ状態などの精神障害を呈する.3〜7年で死亡する.
 



B-1:脳血管性認知症 Vascuiar Dementia

概念 
脳血管性障害による大脳半球の病変に基づく認知症を脳血管性認知症と総称する.
梗塞の多発を示すことが多く,多発梗塞認知症(multi-infarct Dementia)とも呼ばれる.
老年期認知症の中で占める割合は,欧米では10〜20%であるとされているのに対し,わが国では約50%であり,頻度が高い,
古くから動脈硬化性認知症という名称があった.
これは,脳には粗大な病変がなく,高度の脳動脈硬化があり,それによる脳循環障害のために起こると考えられる認知症を指していた.
現在では,脳の器質性病変なくして脳動脈硬化のみで認知症は起こらないと考えられている.
したがって,脳血管性認知症といえば脳の器質性病変(特に脳梗塞)に伴う認知症を指している.

病理・病態生理  
脳血管性認知症はさまざまな病変で起こりうる.
@脳に大きな病変を有する場合
梗塞巣は比較的太い脳血管の閉塞によって起こる.
A脳のごく一部であるが脳全体の機能に重要な役割を果たしていると考えられている部位の病変の場合
病変は太い血管から分かれる分岐(branch)の血管の閉塞による.
B小さな梗塞が無数に生じる場合
小梗塞(lacunae)が大脳半球の白質に多数出現し,白質のびまん性の脱髄を示した場合,Binswanger病あるいBinswanger型脳血管性認知症(vascular de-mentia of Binswanger type)とよばれる.
この場合の認知症は大脳半球の白質の病変によるのであり,皮質病変による認知症とは異なる.

臨床所見 
全般的な認知症状の他,病変部位によって,当然臨床症状に差がある.
中大脳動脈領域の梗塞の場合,失語症,視空間失認の要素が著しく,またその一部の各回が障害されると流暢性の失語,失読,失書,失計算,左右失認,指失認,構成失行などの典型的な症状を呈する.
また,後大脳動脈の領域の梗塞の場合には相貌失認,皮質盲,視覚物体失認などの症状が起こる.
前大脳動脈の領域の梗塞では寡黙状態,超皮質性運動失語などが生ずる.
帯状回,視床に病変を有する例では意欲低下が特に強い.海馬の病変を有する例では記憶障害が高度である.

検査所見 
検査が可能な場合には,CT,MRIや脳血管撮影なども診断に有用である.
ただし,認知症の原因になりうる脳血管性障害を示唆する検査所見があるからといって,ただちに脳血管性認知症であるとはいえない.

診断 
アルツハイマー型老年認知症との差異は次のように要約しうる. 
@臨床経過
老年認知症は進行性に増悪するのに対し,脳血管性認知症では階段状に増悪することが多い.
これは老年認知症では脳の神経細胞の変性が連続的に徐々に進行するのに対して,脳血管性認知症では,ある大きさの梗塞巣の数が増加しつつ進行するため新しい梗塞ができるたびに,ある容積の脳実質が急に失われ,その際,症状が増悪することによる.
ただし,老年認知症でも親しい知人の不幸,環境の変化,重篤な感染症,全身疾患などの社会的,精神的,肉体的なさまざまの要因により急に進行することがある. 
A症状の動揺
老年認知症では症状の動揺を示すことが少ないが,脳血管性認知症では症状に動揺性にみられることが多い.
これは脳循環状態の変動に伴い,症状が一過性に改善,増悪することによると考えられる.
すなわち,脳血管性認知症では神経細胞がすでに変性してしまったことによる器質性病変による固定化した症状に可逆性の症状が重なっていることを意味する.
これは治療上重要な点である. 
B認知症症状そのももの特徴
すなわちすでに述べた“まだら認知症”である.老年認知症に対して脳血管性認知症はさまざまの知的機能障害の程度が不均一であり,かつ知能機能の低下に比して人格,感情面が比較的保たれているのが特徴である.
多動,徘徊,失見当識,無関心などの諸症状はむしろ老年認知症に多い.
これに対して,感情失禁,易刺激性などの症状は脳血管性認知症ではみられるが老年認知症ではほとんど認められない.
C随伴する身体,神経疾患
高血圧,脳卒中の既往,動脈硬化症の所見,局所神経状,局所神経微候などは当然脳血管性認知症に多い.




B−2:感染症による認知症

(1)進行麻痺 
梅毒スピロヘータの感染により慢性の髄膜脳炎を起こし,認知症を呈する.
かつては進行麻痺が認知症の原因として極めて多かったが,現在は少ない.
 
(2)Creutzfeldt-Jakob(クロイツフェルト・ヤコブ病)
40〜50歳に発症する認知症,ミオクローヌスを主微候とする疾患.
100万人に1人の有病率といわれ,稀である.この疾患の原因はprionプリオンと呼ばれている.
ウイルスとは異なるが,伝播性の病原体である.
この病原体は炎症反応や免疫反応を起こさず,ウイルス性の粒子や封入体が電子顕微鏡で認められず,古典的な物理的・化学的殺菌方法に抵抗を示す,などの特徴を有する.
通常の生活では人から人への伝播は認められないが,この疾患の患者から角膜移植を受けたり,その患者に使用した電極を使用した患者などに伝播する可能性が高いと考えられている.
進行のはやい認知症,全身の痙攣(ミオクローヌス)を示し,身体の固縮,自律神経障害などを呈し,末期に除脳固縮状態を示して,植物状態になり発症後6〜24か月で死亡する.
脳波でsharp waveがみられる.確実な治療法はまだない.
 
(3)ヘルペス脳炎 
ヘルペス脳炎は急性の疾患であるため,通常の慢性進行性の認知症患者と誤診される危険はない.
しかし,ヘルペス脳炎後,後遺症として認知症を呈する患者は少なくない.
ヘルペス脳炎では側頭葉内側面,前頭葉眼窩面の病変が強く,それに対応する臨床症状を呈する.
病初期から異常行動,認知症症状を示してくる.
先行する感冒様症状と発熱,髄膜刺激症状,意識障害,痙攣発作が高率に出現する.髄液検査,CT,脳波などで特徴ある所見がみられる.
 
(4)慢性髄膜炎
老年者におけるクリプトコッカス菌や結核菌による慢性髄膜炎,癌性髄膜炎などでは髄膜刺激症状,神経症状を呈さず,認知症だけを主症状として発生することがある.
 
(5)AIDS(エイズ)
AIDSウイルスによる亜急性脳症あるいは脳炎のため認知症を呈する.
以上のほか,さまざまな原因による脳炎,髄膜炎の後遺症として認知症を呈しうる.