A-1:パーキンソン病  (Parkinson病)
概念
Parkinson病は1817年イギリスの内科医Parkin-sonが初めて記載した疾患で,振戦,固宿,無動を三主徴とし, 中年以後に発症,神経系の変性疾患の中ではAlzheimer病と並んでもっとも多い疾患の1つである.

疫学
白人,日本人,黒人の間に有病率の顕著な差がある.
白人の有病率は人口の10万につき150〜200人,日本人は50〜70人程度,黒人は正確な統計が少ないがこれにより少ないとされている.
 
遺伝
Parkinson病は遺伝性疾患ではない.
ただし40歳以前発症者には家族内発症が見られ遺伝形式は常染色体制優性と劣性がある.
Parkinson病全体での家族内発症の頻度は5〜10%に対し,40歳以前発症者のみをとると約40%と高い.

病因
Parkinson病の原因は長らく不明であったが,近年MPTP(1-methyl-4-phenyl-1,2,3,6-tetrahydropyridine)という物質がParkinson病に極めて類似した病変を起すことが明らかにされて,病因解明の手がかりになっている.
MPTPを全身的に投与すると脳内でモノアミン酸化酵素で酸化されてMPP+はドーパミン性神経終末から取り込まれて,黒室線状体ドーパミン性神経細胞の中に濃縮される.
次にミトコンドリアの中にさらに濃縮されて,ミトコンドリアの電子伝達系酵素蛋白複合体I(Complex I)を阻害して,ミトコンドリア呼吸,ひいてはATP産生を阻害し,細胞はenergy crisisを起して死亡すると考えられている.
MPTPの発見はParkinson病におけるミトコンドリア機能に関心を呼び,複合体Iの活性の低下,複合体構成蛋白の減少が発見され,なんらかの機序によりミトコンドリアが障害されて黒室の変性が起きるのではないかとの仮説が提唱された。
さらにミトコンドリア呼吸を阻害する物質が我々の体内にあるいは環境の中に存在するのではないかとの可能性も考えも考えられ初めている.
この仮説が正しいかどうかは今後の研究にかかっているが,長らく原因不明とされてきた変性疾患の一角が,分子レベルで研究するようになった意義は大きい.

症候
@初発年齢
50〜70歳に多いが,20歳から80歳位まで幅が広い.
A初発症状
手のふるえか歩行がのろくなることである.
Parkinson病のふるえは安定時に最も強い毎秒4-7サイクルの振戦で,親指と人差し指の間で丸薬を丸めているようにみえることがあり,pill-rolling-tremorと呼ばれ,最初の間は随意運動にて減弱ないし消失する.
またwaxing and waningがあるのが特徴で緊張すると強くなる.
B振戦
 1)安静時振戦
     Parkinson病患者の約2/3に出現する.
     下肢,下顎にも見えるが上肢よりは少ない.舌には細かいふるえを見る.
 2)歩行障害
     小刻み,姿勢が前屈になることが特徴で,上肢をあまり振らない。
     最初の間は歩行に神経を集中して歩くと比較的よく歩ける。
     しかしほかのことを考えながら歩いていると小刻みになってしまう.
     患者の後に立って患者を軽く後に引っ張ると姿勢の立て直しができない。
     後にトットットットッと小刻みに歩みだし,支えないと転ぶこともある.
     これはretropulsionと呼ばれる現象である.
進行するとantepulsion,leteropulsionも陽性になり,さらに,自然歩行の間にも足が自然に小刻み,小走りの加速歩行になり何かにつかまらないと倒れてしまうこともある.
このような歩行をfestinating gaitという.
これらの症状は姿勢保持反射障害,あるいは立ち直り反射障害と呼ばれ,振戦,および以下に述べる無動,固縮とは独特の障害と考えられており,Parkinson病の歩行異常の原因をなしている.
また足を出そうとしても,下肢が細かくプルプルふるえるので第1歩がなかなか踏み出せないことがあり,このような歩行はすくみ足歩行と呼ばれる.
C無動
次に患者の家族は動作が鈍くなったことに気付くことが多い.
本人が自覚してることもあるが,進行が極めて緩徐であるので本人は意識してないこともある.
麻痺がないのにもかかわらず動作の開始に時間がかかり,動作もゆっくりとしか行えない現象は無動(akinesia)と呼ばれる.なぜ無動を生じるかは生理学者が昔から興味をもってきたテーマで,運動を行うのに必要な筋放電をbuild-upするまでに時間がかかる.
運動を予測的に行うことが困難なことが無動の発現に関与している.
無動といっても動きがなくなるわけではない.
無動は手先の細かい動作にまず現れ,ネクタイ,ボタンなどの操作が難しくなる.
次第にトイレ,洗面,着衣,食事など日常生活全てにわたって動作がのろくなる.
さらに表情が乏しくなって仮面のような顔貌(masked face)になり,言葉も抑揚の乏しい,声の小さい構音障害が出現するが,これらも無動の現われである.
自動運動の減少も特徴の1つである.
例えば歩行時腕を振らなくなる.また自動的な瞬きが少なくなり,仮面様顔貌の発現に寄現に寄与している.
さらに自動的に唾液を飲み込むことが難しく,絶えず唾液が口からこぼれるようになる.
これと関連していると思われる障害に2つの異なった動作を同時に行うことの障害がある.
例えば左手で本をめくりながら右手で字を書くといった動作ができない.
日常生活では2つのことを同時に行わなければならない場面は決して少なくなく,診察で見る以上にParkinson病の患者は不自由をしているはずである.
D固縮
固縮(rigiidity)は筋伸展反射亢進の一種で筋を受動的に伸展した場合,検者が感ずる抵抗の増大として捉えられる.
筋伸展反射亢進には固縮の他に痙直(apasticity)があるが,痙直は錐体路障害で見られ,最初強い抵抗があるが、途中で急に抵抗がガタンと抜ける折りたたみナイフ現象が見られるが,固縮には著明になれば患者も筋肉が硬いのを自覚するが,初期の頃はこれを自分で自覚することはほとんどない.
固縮は最初の間は随意運動に殆ど影響しない.
固縮の発現機序も古くから生理学者の興味の対象となり,α-モトニューロンの興奮性亢進説,γ-モトニューロンの興奮性亢進説があったが,どちらも充分な説得力がなく最近はlong-loop reflexの亢進ではないかとの説もある.
脳神経領域では滑動性眼球運動に障害を生じ小さな衝動性眼球運動にとってかわられる.
又、上方注視に軽度の制限をみることが稀でない.
知能は浸されないとされていたが,最近の統計によると約10%の患者に認知症の合併を見る.
自律神経系の症状としては便秘が高率に見られる.

そのほかの症状
@筋力低下
そのほかの症状では筋力は初期には異常がない.
中期には最大収縮を得るまでに時間がかかるようになるが,筋力低下はきたさない.
末期には随意収縮を行うことが難しくなり,見かけ上筋力低下があるように見える.
しかし,筋萎縮はきたさない.
A深部反射
深部反射は正常である.babinski徴候などの病的反射も出現しない.
しかし,錐体外路性の反射であるMyerson徴候とWestphal現象がしばしば陽性となる.
前者はハンマーで眉間を連続的に軽く叩いた時に眼輪筋の収縮が叩いている間中見られるもので,正常では5-6回までは収縮するが,それ以上はしなくなる.
BWestphal現象
筋を受動的に短縮させた場合,短縮させた筋に持続的な筋収縮が誘発される現象で前脛骨筋に最も出やすい.
知覚は正常である.

病理
黒質緻密層のメラニン含有神経細胞の変性が特徴である.
肉眼的に黒質は褐色が著明で茶色っぽく見える.
組織学的には神経細胞の脱落,変色が著明で,ニューロメラニンは少なく,細胞外にメラニン色素が散見される.
また神経細胞の中にLewy小体とよばれる封入体が見られる.
黒質以外では青班核(ノルアドレナリンを伝達物質とする)に同様の変性が見られる.
そのほかの核ではMeynertの基底核,腕橋核,迷走神経背側運動核(ともにアセチルコリンを伝達物質とする)の変性が一部の症例に見られる.

病態生化学
線条体,黒質でのドーパミンの低下とドーパミン合成系酵素の律速酵素であるtyrosinehydroxylaseの低下が著明である.
ドーパミンはチロジンからドーパを経て合成される.
ドーパミンは神経終末から放出されて伝達物質としての働きがすむと,もとの終末に取り込まれ,一部はmonoamine-oxidase,catechol-0-methyltrnsferaseの作用を受けてhomovanillic acid(HVA)に代謝される.
HVAは一部髄液にでてくるので髄液中のHVAを測定するとParkinson病では低下していることが少なくない.

検査所見
通常検査で特に異常を示すものはない.
頭部CTも正常範囲である.

治療 
現在のところ対処療法であるが,変性疾患の中では唯一治療らしい治療がある疾患である.
L-Dopa療法が中心でこれは脳内に取り込まれ,ドーパ脱炭酸酵素によりドーパミンになり,減少した伝達物質を補う.
この他にドーパミン受容体に直接統合してドーパミン類似の薬理作用を示す受容刺激薬,ドーパミンの遊離を促進する薬物(塩酸アマンタジン),アセチルコリン受容体をブロックする抗コリン薬が用いられている.
抗コリン薬が効く理由は,ドーパミンニューロンは線状体アセチルコリンニューロンに対して抑制的に働くとされ,ドーパミン減少によりアセチルコリンニューロンの活動が相対的に上昇し,それを受容体の所でブロックするので効くと考えられている.

予後
合併症を起さない限りParkinson病患者の余命は一般人と変わらないところまできている.
死因としては肺炎そのほかの感染症,脳血管障害,悪性腫瘍などの合併症などがあるが,原因不明のものも少なくない.




A-2:パーキンソン症候群  (Parkinson syndrome)
概念
振戦,固縮,無動,Parkinson病様歩行などを主徴とする症候群をパーキンソンニズムという.
パーキンソンニズムを起こす原因として最も多いのはもちろんParkinson病であるが,この他にも症候性にパーキンソンニズムを起こす疾患は多数ある.
症候性の場合,上記4症候をすべて揃えていることは珍しく,2ないし3つである.特に典型的な安静時振戦は少ない.
   
分類
@血管障害性パーキンソンニズム
多発性に小梗塞発作を何回も繰り返してパーキンソンニズムにいたるものである.
CTまたはMRIで見ると2つのタイプがあり,1つは線条体に小梗塞巣の多発をきたすものでlacunar stateと呼ばれる.
もう1つは大脳白質にびまん性に低吸収域をきたす、いわゆるBinswanger型の白質脳症である.
これらは薬物に対する反応が悪いが, 梗塞の再発を予防できれば進行しない.

A薬物性パーキンソニズム
表53を示したものがある、これらは大部分ドーバミン受容体をブロックする薬物で,やめれば症状は消失する.
ただしF1unaridineは半滅期が長く,薬をやめてから 症情が消えるまで数か月を要することもある.
またセルピンの作用機序はドーパミン貯蔵類粒を破壊してドーパミンの低下をきたすことである,
a-me-thy1dopaは偽神経伝達物質としてドーパミン貯蔵粒に溜ることがパーキンソニズムの発生機序といわれる.

B中毒性パーキンソニズム
マンガンが有名であるが,これはマンガン鉱山で働く人など濃厚爆露された人だけに見られるものである.
最近はMPTPによるパーキンソニズムが有名であるが,アメリカで闇で取引された麻薬に混入したことがあり,麻薬中毒者の間から患者がでた.Parkinson病にとてもよく似ておりL-Dopaも有効である.

C脳炎後パーキンソニズム
1920年前後に流行したvon Economo脳炎の後遺症としてパーキンソニズムを生じることがあったが,この脳炎の流行はその後なく,その時本脳
炎にかかった人も現在寿命を迎える人が多く,消滅しつつある病気である.
組織像に特徴がありアルツハイマーの神経原線維変化が黒質その他に出現する.

Dそのほかの変性疾患
これらは黒質も侵されるが,そのほかにも障害があり,Lewy小体は出現しないことからParkinson病とは病理学的にも区別される.

原因
 Parkinson病
 血管障害性Parkinsonism
   lacunar state
   Binswanger型白質脳症
 薬物性パーキンソニズム
   Phenothiazine系
   Butylophenone系
   Benzamide系ーSulpiride、Tiapride、Clebopride、Metoclopramide、Flunaridine、Reserpine、α-メチルドーパ
 線条体黒質変性症
 Shy-Drager症候群
 進行性核上麻痺
 オリーブ橋小脳萎縮症の一部
 固縮型Huntington病(ハッチントン病)
 マンガン中毒性
 脳炎後Parkinsonism
 正常圧水頭症
 Creutzfeldt-Jakob病(ヤコブ病)
 hallervorden-Spatz病



B:-1:筋萎縮性側索硬化症   (Amyotrophic Lateral Sclerosis=ALS)
概念
@頻度
本症の有病率は10万対2.5〜7で,運動ニューロン疾患中最も多く,男の方が女よりもやや多い.
50歳以後の発病が多く,高齢になる程,経過が短くなる傾向がある.世界中どこでもみられる.
Guam,紀伊半島,ニューギニアなどに多発地区ではALSは認知症,パーキンソニズムとの組み合わせで起こることもある.
しかし本症の多くは孤発例である.
約5%に家族制に起こることがあり,その遺伝型式は常染色体優性である.
家族性発症例の方が,発症年齢が若く,男女比はほぼ同数で,筋萎縮性は下肢から起こる傾向がある.


臨床所見
本症は筋萎縮筋力低下球症状深部反射亢進babinski微候陽性などを示す.
@主症状(筋萎縮と筋力低下)
筋萎縮は一側上肢または下肢に始まり,しばらくして他側へと進行することが多く,後期には全身の骨格筋に広がり,びまん性の筋萎縮を示す.
はじめから対称性の筋力低下をみることは少ない.
感覚障害,膀胱障害をみることは稀で,褥創は起こり難い.
A典型例
典型例では,手がきかなくなり,こまかい手指の動きができにくく,指がかたくなって,手指筋の軽い筋力低下と筋萎縮がまずみられる.
正常範囲を超える筋痙攣,前腕,上腕,肩甲帯の線維束攣縮も出現する.
数週ないし数か月経つと,他側の手,腕も同様に侵される.
間もなく手,前腕の筋萎縮と脱力,下肢の軽度の痙縮および全般的な深部反射亢進の症候が揃い,しかも感覚障害はなく,ALSの診断は容易に可能となる.
筋萎縮と筋力低下は平行して進み,筋萎縮が強いにも拘わらず深部反射は長く保たれる.
拇指外転筋,内転筋,手指伸筋などの筋力が,屈筋よりも早期に低下する傾向がある.
上腕および肩甲帯筋はより遅く侵される.
この間下肢筋は比較的よく保たれ,ある時期には患者は不自由な腕をぶら下げて歩く.
後には筋萎縮と筋力低下は頸部,舌,咽頭,咽頭筋及び,さらに体幹筋,下肢筋もおかされる,
萎縮した筋は,痛みを伴うことがあり,また冷たい。
しかし真の異常感覚は神経圧迫ないし肢位異常がなければ起こらない.
膀胱障害は下肢筋力低下が出現し,痙縮が強くなっても起こらず,腹壁反射はBabinski徴候陽性委であっても保たれる.
筋萎縮とともに繊維束攣縮を認めることが多いが,患者は医師から指摘されるまでは気付かないことがある.
B変異型
変異型として手よりも足よりも先におかされ,下腿前面筋の筋萎縮と筋力低下により,垂れ足が先に起こり,アキレス腱反射が早期に消失する型は,偽性多発神経炎型pseudopolyneuritic formとよばれる.
しかし、ひ腹筋,大腿筋も間もなくおかされ,腰仙髄運動ニューロン障害が明らかとなる.
この型は早期に全身の筋に筋力低下が及び,急激に死の転帰をとめることがある.
他の型は胸筋,腹筋ないし後頸筋が始めにおかされるもので,早期に呼吸障害を起こしやすい.四肢近位筋ないし肢帯筋が先に侵されると,肢帯型筋ジストロフィーに類似し,kuge1beyg-we1ander症候群類似の筋萎縮を示す.
一側の上下肢が先におかされる片麻痺型(Mill型)も稀にみられる.また初症状は下肢の痙性麻痺で,筋萎縮なく,原発性側索硬化症の診断がなされ,1〜2年経過して手,腕の筋萎縮と脱力,繊維束攣縮をみることがある.ALSの変異型として認められる痙性不全体麻痺はこの型である.
時に四肢の筋痙攣ないし繊維束痙縮が,明らかな筋力低下ないし筋萎縮に数か月先行することがある.

典型例にしても変異型にしても,これらの相違は初発部位による違いであり,ALSにおいては初発症状は違っても,比較的急速に筋萎縮が全身に及び,球症状,呼吸筋障害を示すようになる.
球症状をもって始まる場合は進行性球麻痺(後述)と呼ばれるが,その多くは後にALSの症状を示す.
またALSは初老期ないし老年認知症を伴うことがあり,またParkinsonismを伴い,Guam島でみられるパーキンソン認知症コンプレックス類似の症候を示すことがある.


予後
本症の経過は常に進行型で,患者の約半数は3年以内に,90%は6年以内に死亡する.
極めて稀に進行が停止したようにみえる例がある.
特異な発症様式とその後の進展パターンとは無関係のことが多いが,偽性多発神経炎形,顔面,頸部,体幹筋初発型,上肢筋位筋初発型,進行性球麻痺の症状で始まるものの中には,経過が速く予後の悪いものがある.
死因は呼吸不全または肺炎によることが多い




B−2:重症筋無力症   (Myasthenia Gravis)
概念
本症は骨格筋の易疲労性,および脱力を主症とし,寛解,増悪をくり返し,神経筋接合部における伝達異常に由来する疾患である.
発病率は10万に3人であり(10〜30歳代の発症が最も多い),40歳以前では女性に,それ以外は男性のほうがやや多い.

分類

Ossermanは本症を次のように分類している.
 A.新生児一過性transient neonatal
 B.若年型juvenile
 C .成人型abult
   T.眼筋型〜限虚性ocular(非進行形,しばしば一側のみ障害される.予後良好)
   U.全身型generalized(予後良好)
   V.急性激症型acute fuiminant(予後不良)
   W.晩期重症型late savere(T,U型の発症2年以後にみられる.予後不良)
   X.筋萎縮形with muscular atrophy(予後やや良好)
 病型発症頻度は全身型40〜50%,眼筋形15〜20%といわれている.

成因
自己免疫機序により抗アセチルコリン受容体(AchR)抗体が産生され,そのため神経・筋接合部における伝達障害が起こると説明されている.
実験的には電気ウナギから得られた精製AchRを抗原として免疫した家兎に,抗AchRを抗原として免役した家兎に,抗AchR抗体の出現とともにヒト類似の筋無力症が発生し,しかも抗コリンエステラーゼ(ChE)に反応することが報告された.
またAchRとα-ブンガロトキシン(α-BuTX,AchRと特異的に結合する蛇毒)との結合が本疾患者血清(IgG)により抑制されること,すなわち,本症患者血清中に抗AchR抗体の存在することが明らかとなった.
AchR抗体は本症の80〜90%において上昇するが,眼筋型および寛解期では正常値を示すこともある.
さらに精製AchRと,胸腺細胞との間に免疫学的交差反応が成立し,胸腺細胞にα-BuTX結合部があり,骨格筋AchR抗体と反応することが証明されている.
以上の事実から,胸腺内に存在するAchRは,胸腺へのなんらかの刺激,侵襲によりAchR蛋白の増生,あるいは変性を生じ,これと接触した胸腺のリンパ球はAchRに対する自己抗体産生への引き金として働く可能性が考えられる.
 際にAchRを抗原とした実験的筋無力症動物や筋無力症患者でAchRに感作されたリンパ球が証明されている.

臨床所見
@骨格筋の易疲労性
骨格筋の易疲労性を主症状とし,初期には早朝起床時は比較的よいが,午後,特に夕方になると脱力は増強する.
急性感染症,心身の過労,月経,妊娠,分娩などは増悪の契機となる.
A眼瞼周囲筋の麻痺
最もしばしば認められるのは,外眼筋麻痺であり(80%),眼瞼下垂,眼球運動障害とそれによる複視,閉眼不全などを示す.
また表情筋の筋力低下のため,本症に特有なmyasthenic faceを呈する.
B口腔周囲筋の麻痺
次に高頻度(60〜70%)に認められるのは舌,咽頭筋麻痺である.そのため摂食嚥下・咀嚼・発語障害があらわれる.
四肢筋および頸筋の脱力も認められるが,四肢筋の脱力のみが認められることはない.
本症は原則的には筋萎縮を認めず,腱反射は正常か,むしろ亢進ぎみである.
筋萎縮は本症の10%において認められ,舌筋に特有な萎縮,triplp furrowが観察される(V型).
平滑筋の障害は認められない.

検査所見
一般血液,尿,髄液は正常である.
本症は高頻度(50%以上)に胸腺腫を合併する.
また胸腺腫はなくても,70%に胸腺胚芽中心にリンパ球浸潤が認められる.
骨格筋にも約半数にリンパ球浸潤が観察される.
内分泌機能ではしばしば甲状腺機能亢進が認められる.尿中クレアチン増加,クレアチニン減少が軽度にみられる.
筋電図では,低頻度の末梢神経刺激により振幅は急速に減少し,減衰波(waning現象)が観察される.

診断
筋脱力,筋の易疲労性を主症状とするので,本症の鑑別診断には各種の筋萎縮症,例えば進行性筋ジストロフィーのうち,特に眼筋および,眼,咽頭筋型,筋萎縮性側索硬化症,特に球麻痺型,また周期性四肢麻痺などが対象になるが,本症の積極的診断は,抗ChE薬による症状の劇的な改善によって行われる.
速効性抗ChE薬,例えばテンシロンの静注により,臨床症状の劇的な改善をみる.
また筋電図で認められる減衰波も消失する.各種の筋萎縮症でも多少なりとも非特異的に抗ChE薬に反応することはあるが,本症におけるほど劇的ではない.

予後
小児型,眼筋型および全身型の一部は生命に対する予後はよく,時に完全完治もありうるが,多くの例では寛解,憎悪をくり返す.
X線的に胸腺腫の認められる例は予後が悪い.臨床的にも球麻痺,呼吸筋障害をもつものは治療困難である.
特に急性上気道炎症,心身過労,月経などがクリーゼ(後述)の誘因となりやすい.

治療
@薬物療法
 1)抗コリンエステラーゼ薬
 テンシロン,ワゴスチグミンは速効的であるが,持続時間が短く,診断あるいはクリーゼに使用する以外は長時間有効な薬剤が用いられている.
すなわち,マイテラーゼ,メスチノンなどがそれである.
これらの抗ChE薬に共通する副作用として,ムスカリン作用(腹痛,唾液分泌過多)を起こすので,これを防ぐためにアトロピンが使用されている.
 2)副腎皮質ホルモン
 抗ChE薬の投与によって効果が得られない場合に,ステロイド療法が有効なことがある.
 原則的には入院治療で行う.
 投与方法としては隔日漸増法,または大量(100r)から始め一定期間の後、漸減する方法がある.
 前者の場合は,プレドニゾロン20rから始め,毎日10rずつ増量し,最大量80〜100rとする.
 3)免疫抑制剤
 シクロホスファミド(Endoxan),6-メルカプトプリン,アザチオプリン(Imuran)が用いられるが,多くの場合補助的である.
 禁忌薬剤 本症患者の急性感染症に対し,抗生物質を用いるときには,コリスチン・ポリミキシン(A・B),ストレプトマイシン・カナマイシンなどは,本症に対しクラーレ樣作用またはマグネシウム作用(神経末端からのAch遊離の抑制)に似た機序でクリーゼを起こすことがある.
 ペニシリン・クロラムフェニコームなどはこれらの作用が弱い.
 その他クラーレ,キニーネ,クロロフォルム,筋弛緩薬などは本症を悪化させることがあるので注意を要する.
A血漿交換
特に難治型に用いられ,多くの場合奏効がみられる.通常1回2.000〜3.000m?の血を隔日交換3〜4回を1クールとする.
有効期限は長くないが,交換後のステロイドその他免疫抑制剤の効果の著しい症例が多い.
現状では全ての薬剤に抵抗する症例やクリーゼを反復する難治型を中心に実施するべきであろう.
B胸腺または胸腺腫に対する処置
胸腺腫の認められる場合は,直ちに摘出手術を行うが,胸腺腫が認められなくても,薬物療法の効果が不充分かつ経過5年以上の症例で,血清のAchR抗体が高値を示す場合は,積極的に胸腺の郭清術を行う方向にある.
また術後ステロイドを追加することにより予後はさらに向上する.
Cクリーゼに対する処置
クリーゼとは突然起こる呼吸困難であり,抗ChE薬使用中の場合,しばしば抗ChE薬を過剰に与えた結果,cholinergic crisisを起こす.
この両者は理論的には鑑別は可能であるが,実際にはなかなか難しく,したがってクリーゼに陥った例では,できるだけ速く陽圧人工呼吸により,まず気道を確保し,呼吸・循環の安定に努め,感染の防止に注意するべきである.
この後に薬剤を選択して投与する.




B−3:進行性筋ジストロフィー症  (Progressive muscular dystrophy=PMD)
概念
PMDは19世紀半ばに,初めて記載された遺伝性進行型筋萎縮症である.遺伝様式として伴性劣性,常染色体優性,常染色体劣性の3つのタイプがあり,多くは特徴的な臨床症状を示している.
この内しばしば遭遇するのは,Duchen-ne型,肢帯型,顔面・肩甲・上腕肩(FSH)の3型である.
進行性筋ジストロフィー全体としての羅病率は人口10万人に対して4〜5人である.

分類
                            進行性筋ジストロフィー

                 Duchenne型     顔面,肩甲,上腕型(FSH)         肢帯型

   発症年齢          幼児           思春期                早期または晩発
   性               男子           性差なし              性差なし
   仮性肥大          普通           まれ                 少ない
   初発部位          腰帯           肩甲帯               四肢近位部
   顔面筋萎縮         まれ           必発                 なし(?)
   進行度          比較的速い        おそい(abortive)         中間
   関節拘縮・変形      必発            まれ                 しばしば
   遺伝形式        Xー染色体劣性       常染色体優性           常染色体劣性

検査所見と診断
PMDの診断にはその特徴ある臨床所見,特に筋萎縮の分布,遺伝形式,発症年齢,臨床経過などが重要なポイントとなる.
補助検査法としては次のものがルチーンに用いられている.
@血清酵素
特に血清クレアチンキナーゼ(CK)は,臨床判断の補助として重要である.
すなわち,持続的で,かつ著しい高値を呈するのはDuchenne型,肢帯型,先天型筋ジストロフィーである.
遠位型,眼筋型や神経性筋萎縮症では,原則的に高値を示さないが,kugelberg-Welander病,Charcot-Marie病では,時に中等度の高値を示すことがある.
また逆にPMDのなかでもFSH型では正常値を示すことも少なくない.
またミオパチーでもネマリンネオパチーやミオチューブラーミオパチーでは,血清酵素活性の増加はない.
Aクレアチン尿
本症,特にDuchenne型では発症初期から尿中にクレアチンの排泄増加,クレアチニンの排泄減少が認められている.
尿中クレアチン排泄量は筋萎縮が進むに従って増加する傾向があり,血清酵素の場合と逆である.
大量のクレアチンが排出される原因はなお明らかではない点もあるが,肝において合成されたクレアチンを,萎縮した筋肉が十分に受け入れることができず,その結果,過剰のクレアチンが尿に排出されると考えられている.
B筋電図
最大収縮を行ったときに,スパイクの数そのものはあまり減少せず干渉波になるが,全体として振幅が正常より小さく,持続期間の短い波形が多い.
つまりスパイク数そのものの減少よりも個々の波形が小さくなることが筋原性の特徴で,静止時にはfibrillation電位は通常認められない.
C組織病理学的検査
光顕所見の特徴は,筋細胞壊死と再生像である.筋線維直径の大小不同,筋線維の硝子化,壊死,サルコレンマ核の中央移動,筋線維間の結合組織の増殖,脂肪浸潤などである.
以上の変化は群性萎縮を特徴とする神経原性筋萎縮と区別される.

分子遺伝学の臨床応用
 行性筋ジストロフィー,特にDuchenne型に関する最近の分子遺伝学的研究は逆遺伝学(reverse ge-netics)の最も輝かしい勝利の一つであるといわれている.
その遺伝子座はX染色体短縮のほぼ中央,p21付近に同定され,75個以上のエクソンが2,300キロペースの間に互って散在する巨大遺伝子(megagene)であることがわかり,更にこの遺伝子の持つ14キロベースの全cDNA塩基配列も明らかになった.
このcDNAにコードされる蛋白質は“ジストロフィン”と名付けられ,分子量約40万の蛋白であるが量的には極めて少なく,筋蛋白全体の0,01%以下と考えられている.
ジストロフィンの局在は抗体を用いた免疫染色により骨格筋,心筋表面膜の内側全体にわたって均等に存在し,一種の細胞骨格と考えられており),Duchenne型筋ジストロフィーでは完全に欠損し,良性の経過を示すBecker型では骨格筋表面膜に不連続(patchy)かつ弱く表現されることがわかった.


治療と生活指導
本症に対してはまだ根本的治療法はない.
@薬物療法 
ビタミンE,ATPその他のヌクレオチド,蛋白同化ホルモン,血管拡張薬,coenzymeQなどが使用されている.
最近,正常筋芽細胞を病的筋肉内に注入し,Duchenne型筋ジストロフィーで欠損しているジストロフィン蛋白を発現させるという治療法が実験動物レベルで開始されているが臨床応用までにはまだ数多くの基礎実験が必要である.
A整形外科的装具とリハビリテーション 
歩行障害,歩行不能者を補装具によって起立,歩行を可能にさせるもので,生活能力の改善,生活意欲の向上,脊椎の変形と筋の不動性萎縮を防ぐことを主目的としている.
リハビリテーションは骨格筋の廃用をおさえ,関節の変形を阻止するために行われる.
本症は骨格筋の萎縮を主症状とする疾患であるが,歩行不能,脊椎の変化があらわれる時期になると,肺活量の低下,頻脈,不整脈などがあらわれ,心,肺機能も障害されるので全身疾患として治療する必要がある.














 神経・筋疾患
 A 大脳基底核変性疾患
    1:パーキンソン病
    2:パーキンソン症候群

 B 筋疾患
    1:筋萎縮性側索硬化症
    2:重症筋無力症
    3:筋ジストロフィー症